【125話】漢薬の生姜・乾姜の基原と品質の諸問題(4)/ショウガ諸品種中の成分比較・金時ショウガの生育と成分変動

 

 ショウガ諸品種中の成分比較

  本草学上、薬用に該当するショウガは小ショウガ系の品種であろうと考証できますが、果たして現存の全ての栽培品種が古典漢方における「薬用ショウガ」に適合するどうか明確でありません。そこで、入手が容易で同一条件下で栽培可能な7品種(小ショウガ系:金時・谷中、中ショウガ系:三州、大ショウガ系:オタフク・土佐一・カンボ、ジャンボ)(図3)について成分面から、検討を試みました。

 品種間の成分比較は、HPLC法を用いて、不揮発性辛味成分の [6]-gingerol (6-G) , [8]-gingerol (8-G) , [10]-gingerol (10-G) とジテルペン (E)-8β,17-epoxylabd-12-ene-15,16-dial (), garanolactone () の5成分につき検討しました。その結果を表6に示します。

 乾燥時における辛味成分含量を比較すると、中ショウガ系及び大ショウガ系は小ショウガ系に較べ明らかに高い値を示しました。しかし、「姜(新鮮ショウガ)」を前提とし、乾燥時の含有量に乾燥収率を剰じる事により、新鮮重量当たりの値に換算した時、辛味成分の含有量は中ショウガにおいて最も高い値を示し、また小ショウガ「金時」とその他の大ショウガの含有量はほぼ同等と解釈できます。一方、ジテルペン類は大ショウガに較べ小ショウガは著しく高いことを確認しました。また、「乾姜」を「姜」の代用とする場合、「生姜」の1/31/4量を使用すると云われていることからすると、小ショウガ系はほぼ適合するが、大ショウガ系の1/10は疑問の残るところです。

             小ショウガ系:金時(A)、谷中(B)     中ショウガ系:三州(C)  

     大ショウガ系:オタフク(D)、土佐一(E)、カンボ(F)、ジャンボ(G)

図3 1011月の各種ショウガの根茎

 

表6 乾燥重量当たりのGingerol 類とDiterpene類の成分含有量

小ショウガ系

中ショウガ系

大ショウガ系

金 時

谷 中

三 州

オタフク

土佐一

カンボ

ジャンボ

 6-G  (%)

0.269

0.138

0.446

0.387

0.556

0.575

0.444

 8-G  (%)

0.027

0.015

0.056

0.052

0.076

0.071

0.063

10-G  (%)

0.042

0.022

0.079

0.082

0.133

0.121

0.098

    (%)

1.008

1.008

0.367

0.102

0.133

0.083

0.091

    (%)

0.041

0.041

0.003

Trace

Trace

Trace

Trace

乾燥収率*

24.13 %

29.62 %

17.85 %

12.49 %

9.90 %

9.62 %

10.89 %

*根茎の乾燥収率(100×凍結乾燥時の重量/新鮮根重量)

表7 乾燥重量当たりのものMonoterpene類とSesquiterpene類の成分含有量 (ppm)

No

小ショウガ系

中ショウガ

大ショウガ系

金 時

谷 中

三 州

オタフク

土佐一

カンボ

ジャンボ

1

Α-Pinen

183.5

144.8

285.7

444.4

264.2

407.5

349.9

2

dl-Camphene

735.2

586.4

928.9

1315.2

893.5

1070.7

972.5

3

Myrcene

97.4

81.4

181.5

411.1

250.6

3401.0

330.6

4

β-Phelland.

225.9

215.7

508.1

948.5

485.2

1016.6

798.9

5

1,8-Cineol

321.6

253.9

482.9

1060.6

621.3

806.7

753.9

6

Borneol

90.3

64.8

142.3

113.1

97.7

93.6

78.1

7

Neral

55.5

36.5

180.4

472.7

358.7

509.4

402.2

8

Geranial

294.7

236.3

1351.3

4057.8

2377.1

3691.3

3207.5

9

Geranyl acet.

63.0

58.1

165.8

564.6

316.2

752.6

851.2

10

α-Curcumene

148.8

124.2

267.2

289.9

229.8

363.8

289.3

11

α-Zingiber.

5227.6

3734.3

5968.1

7252.5

4350.7

7262.0

5880.6

12

β-Bisabolene

1054.7

796.4

1496.4

2805.1

1598.1

2641.4

2499.5

13

β-Sesquiph.

1710.7

1266.7

2034.7

2179.8

1578.1

2145.5

2022.0

 

Total

10208.9

7600.5

13893.3

21914.7

13421.2

23963.1

18436.2

 また、キャピラリーGC-MS SIM 法を用いて、モノテルペン、セスキテルペンの13成分について比較検討し、その結果を表7に示しました。総テルペン量は乾燥物では大ショウガ系は小ショウガ系に比して全般的に多かった。しかし、新鮮根重量からするとその総量は逆転します。また、小ショウガ系はモノテルペンはセスキテルペンを比較的多く含有する傾向を認めました。

 ショウガの植物分類において牧野富太郎は、小ショウガ「金時」の別名を持つ「紅ショウガ」にZingiber offinale ROSCOE var. rubens MAKINOの学名を与え、また日本の大ショウガに対してZingiber offinale ROSCOE var. macrorhizomum MAKINO の学名を与えています。この分析結果は、少なくともジテルペン成分の明かな含量差と、モノテルペン、セスキテルペン成分の含有パターンによってショウガを2大別する事が可能で、成分分類学的には大ショウガと小ショウガを別変種とする牧野説を指示するものです。

金時ショウガの生育と成分変動

  本草書籍において論じられる「姜・乾姜」の条文には、収穫期を示す「夏、秋、冬」の語句、また「子姜(紫姜)」や「母姜」、「宿根」、「古根」、「老根」あるいは「ひねしょうが」等の根茎の草齢に関わる語句から、草齢即ち根茎の生長過程において成分含有量がどのように推移するかを明らかにする目的で、小ショウガ「金時」の成育状況と成分変動を観察しました。

 最初に、我が国のショウガ主産地の一つ高知県窪川におけるショウガの生育状況を述べておきます。

 4月上旬に植え付ける根茎は5月上旬に地中より主茎を萌芽しますが、1乃至2本の主茎が地上に展開するのは6月上旬となり、その地下部根茎には既に複数の幼芽を認める。またこの時期の主茎地下部の肥大は緩慢であり、一見してストロン様に伸長し、その節より多数の不定根を発生します。8月上旬の形態は、主茎から分ケツした一次茎に加え、一次茎から更に分ケツした二次茎を有し、一部の個体には未成熟ながら三次茎を認めます。また白色の根は主茎及び一次茎に集中します。10月下旬はショウガの一般的な収穫期であり、その根茎は僅か月間で著しい生育(分ケツ)が認められる一次と二次の根茎は8月産に比して十分肥大生長し、また、充実した三次茎並びに四次茎を多数確認します。12月中旬は、霜が降りる時期であると共に、地上葉部は低温のため徐々に立ち枯れを開始しはじめます。12月の根茎の生育状況は10月から明確な生長は認められません。(図4)

 「金時」根茎の4月上旬(植え付け期)、6月上旬(主茎形成期)、8月上旬(二次茎形成期)、10月上旬(一般収穫期)、12月中旬(地上部枯死直後)そして翌年2月下旬(4ヶ月間恒温室保存)の各部位を検体に、辛味成分、ジテルペン、モノテルペン、セスキテルペン含量の季節変動を観察しました。(図5)

 


図4「金時」ショウガの12月における根茎

1:母姜(種芋)、2:主茎、3:一次茎、4:二次茎、5:三次茎、6:四次茎

 

図5 「金時」ショウガの辛味成分及びジテルペン含量の季節的変動

A:母姜 B:主茎 C:一次茎 D:二次茎 E:三次茎 F:四次茎

  母姜における辛味成分の季節変動は顕著ではありませんが、12月以降僅かに減少する傾向にあります。主茎おいては四季を通じて明確な変動を認められないませんが、各分ケツ根茎(全収穫期)の中で最も辛味成分の少ない根茎といえます。一次茎と二次茎の辛味成分は共に類似した挙動を呈し、特に8月の未成熟の根茎は主茎に次いで辛味含量は少なく、その後、成分含量は10月に急増し最大値を示します。そして、12月以降の含量はほぼ一定となります。三次茎及び四次茎は8月以降の短期間に形成された根茎ですが、その辛味成分は10月において既に十分に高く、10月以降は最高値をほぼ一定に保ちます。

 母姜におけるジテルペン成分の季節変動は、(E)-8β,17-epoxylabd-12-ene-15,16-dial(Ⅰ)において顕著であり、4月から生育による重量増加率以上に含量は増加し、8月に最大値を示し、それ以降の含量増加は重量増加率を下回ります。このことは(Ⅰ)が生育期に多く生産されることを示しています。Galanolactone(Ⅱ)には明確な季節変動を認めませんが、後半僅かに減少傾向を示す。主茎における(Ⅰ)の変動は、4月より成熟に伴い徐々に増加し、10月に急増し最大値に達した後、草齢に準じ減少しました。特に10月における主茎の(Ⅰ)の含量は主要辛味成分 [6]-gingerol とは逆に、全ての採取時期並びに全ての分ケツ根茎の中で最も高い値を示す。一次茎、二次茎は未熟期である8月には最小の値を示すが、10月に急増し、12月には最高値に達し、翌2月には僅かに減少します。さらに三次茎、四次茎においても一次茎、二次茎と同じ挙動を示します。

 尚、一次茎~四次茎までの(Ⅱ)の変動は主茎と同様に翌年4月まで微量ながら増加する傾向にありますが、含有量が少ないため有意性を論じる事は出来ません

 以上から未成熟根茎の辛味成分ならびにジテルペン成分含量は成熟根茎に対し低含量で(1/42/3程度)で、成分含量の面では10月~12月、即ち秋から冬にかけて最も充実すると結論づけられます。

  精油成分(モノテルペン、セスキテルペン)について、8月(夏季)に収穫可能な主茎、一次茎或いは未成熟な二次茎などの子姜の総精油成分含量は10月以降(秋~冬)にかけて収穫される子姜(二次茎~四次茎)に対し、凡そ1/21/3程度と結論でき、また一般的なショウガの収穫期(10月)における各分ケツ根茎の総精油成分含量は最高ですが、中でも草齢に反して四次茎が最も高い値を示しました。

  従って、生姜の発表散寒の作用が主に精油成分により、乾姜の去寒温中の作用が主に辛味成分によるものとすると、9月より急速に根茎の肥大と共に根茎全体における精油含量の増加が見られることから、生姜の収穫時期を晩夏から秋、初冬とする本草書の記載は正しく、また辛味成分の含量は10月に最大に達するものの、全体の収量が多い子姜は12月頃に最大になることから、生姜の採取時期より少し遅れた秋から冬とする本草書の記載を裏付けます。

 


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