【111話】生乾論(生姜と乾姜とヒネショウガ) (1)
はじめに
24時間海外に開かれた空港は人の往来はもとより、経済や文化の上で果たす役割は極めて大きいものです。
医食の面から見ますと、カルフォルニア沖で朝に獲れた海老がその日の夕膳に上がったり、重体患者に必要な医薬品がいつでも緊急に移出入されたり、食の楽しみや医療の恩恵が広がります。
必要なものをいつでも好きな時に享受したいと思う人間の欲望には限りはありませんが、技術の進歩がそれらを一つひとつ現実に近づけてくれています。特に、新鮮なものをそのままの姿形、色、匂い、味で保存して、いつでも私たちの前に取り揃えてくれるようになりました。
それでは、新鮮なものを腐らせずに保存するにはどうするのでしょう。そのためには細菌やバクテリアを繁殖させないことです。その最も簡単な方法の一つは乾燥させることです。どのような生物も水なしでは生きていけません。水のない環境、水の少ない乾燥した条件を作ることが、細菌やバクテリアを繁殖、増殖させない大切な要件の一つです。シイタケや柿を干して干しシイタケや干し柿にします。イカやイワシは干してスルメやメザシにして保存します。
同じように、2000年以上の歴史を持つ漢方薬は、植物や動物や鉱物といった天然のものを原料にしていますが、これらはほとんど乾燥して用いられています。これら動植物の乾燥した薬物を生薬と呼んでいます。日本薬局方にも「生薬は別に規定するもののほかは乾燥品を用いる」とあります。
「生」の字には「うまれる」「いきる」「いかす」「なま」「うぶ」といった意味があります。すると、「生薬」は「新鮮でみずみずしい薬」ということになりますが、実際はほとんど乾燥したものですから、「乾薬」といった方が正しいのかもしれません。
漢方薬を用いた医学が中国で初めて体系化されたのは、後漢の紀元200年頃に、張仲景によって著された「傷寒雑病論」16巻で、のち宋の時代1060年頃に林憶等によって手を加えられ、「傷寒論」10巻と「金匱要略」3巻に分けられ現在に伝わっています。漢方医学を志す者には『漢方の聖書』と呼ばれている重要な古典の一つです。「傷寒論」には、刻々と変化してゆく病状に合わせて、それに適応する処方が準備されていて、それらの処方は200ほどの生薬の様々な組み合わせで構成されています。
そして、これらの生薬の大半は「乾薬」ですが、中には新鮮なものを使う生薬もあり、更に同じ植物をナマのものと乾燥したものの両方を用いるものもあります。言い換えますと、基原が同じでも、乾燥すればナマとは薬効の異なる薬物になるということです。
そこで、症状の変化に対応した治療を示す「傷寒論」にあやかって、ナマのものから乾燥したものへの関係を「生乾論」として題して、話を進めていきたいと思います。
中国と日本の葛根湯
以前、中国・北京の有名な漢方薬舗「同仁堂」で「葛根湯」を処方してもらったことがあります。入口を入るとすぐの所に漢方医がいて患者の診断を行っています。問診と脈診で次々と処方を決めていきます。患者は漢方医から手渡された処方箋をもって、一番奥の調剤のカウンターへ行きますと、薬剤師が処方箋をチェックした後、調剤にまわします。壁一面に並んだ大きな百味箪笥から生薬を取り出して、手提げの天秤で手際よく秤量していきます。
中国の生薬は、日本の刻み生薬とは異なって飲片になっているものが多く、それらは炙ったり、酒や蜂蜜に漬けたりの修治が施されています。そして、一日(一回)の処方量が日本と比べて4~5倍量はあります。当然、私が処方してもらった「葛根湯」も大きな薬包紙に包まれていました。
<写真上:生の甘草の飲片><写真下:蜜に漬けた蜜甘草の飲片>
「葛根湯」は、葛根(カッコン:クズの根)、麻黄(マオウの全草)、桂皮(ケイヒ:シナモンの樹皮)、芍薬(シャクヤクの根)、甘草(カンゾウの根茎)、大棗(タイソウ:ナツメの実)、生姜(ショウキョウ:ショウガの根塊)の七味の生薬で構成されていますが、その一つひとつは日本で見る生薬の外観とは違っています。しかし、それだけではありません。よく見ますと「葛根湯」に大棗と生姜がありません。
そこで、同仁堂の薬剤師さんに尋ねますと、大棗と生姜は八百屋で売っている新鮮なナツメとショウガを処方に加えて煎じるとのことでした。早速同仁堂で戴いた「葛根湯」に新鮮なナツメとショウガを加えて煎じました。温かい一服の煎じ薬は心地よい汗とともに頭痛をものの見事に取り除いてくれたのです。
一方、日本の漢方薬「葛根湯」を見てみますと、そのほとんどが錠剤や顆粒剤になったエキス剤の「葛根湯」です。この「葛根湯」はどのように服用するのでしょうか。説明書の用法欄には、新鮮なナツメやショウガを使いなさいとも、ショウガ湯で飲みなさいとも書いてありません。それは原料に新鮮なショウガやナツメが使われているからなのでしょうか。
次に、成分分量欄を見ますと、日局カッコン以下七味の生薬が記載してあります。日局ショウキョウと日局タイソウも入っています。
現在、日本において生姜は一般に日局ショウキョウを用いています。冒頭で述べましたように日局の生薬は乾燥品ですから、日局ショウキョウもショウガを乾燥したものです。従って、エキス剤の「葛根湯」に使われている生姜は、そのほとんどが日局ショウキョウを使用していますから、新鮮なナマのショウガではありません。
果たして、中国と日本の生姜の使い方の違いには問題はないのでしょうか。このあたりをもう少し詳しく見てゆきましょう。
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