【090-4/9話】甘草の故郷を訪ねて/ゴビの長城
土塁の長城
昼食を終え、修理待ちのアコードとGさん達を残して日産車に乗り込みます。公司メンバーの見送りを背に、「定辺」を出発です。道はゴビの中を進みます。
遠くに長城が見えました。ゴビの中の長城は、時には痕跡をとどめないほど崩れ落ち、時には物々しく聳え立ち、そして延々と連なっています。ゴビを馳せる長城は土塁の長城です。長い歴史の中で風化し、当時の全貌を拝む術はありませんが、秦の時代から陸続とこの辺境の長城の内を守り、場外で戦った幾千万の兵士を、漢詩「静夜思」の断片の中に思い起こさずにはおれません。砂漠の中に塩池が見えます。解放軍の兵士たちもこの塩をなめ、長城を根城にしたといいます。
内蒙古の甘草
「塩池」から主道を外れてゴビの中へ。「前旗」に向かいました。長城を越えて1時間ばかり 走って内モンゴルに入ります。「前旗」で甘草調査の予定でしたが、そこまで行かなくても野生の甘草が見られるとのことで、適当な場所で車を止めました。
そこは東も西も、南も北も、見渡す限り地平の果てまでがゴビの砂漠です。路端に甘草が見えます。ここの甘草も実の付き方、波打った葉からみてウラルカンゾウです。この辺りは甘草採取禁止制限行われています。それぞれの区域に杭が打たれ、鉄線が張り巡らされています。しかし、立入禁止の立て札はありませんでした。数本掘り起こしました。根頭部がなく、太さが均一の代表的な西北甘草です。
少し離れたところに、こんもりと盛り上がった土に石碑が建っています。漢民族の墓だと云います。意外に思いました。
携帯電話
突然、Oさんの携帯電話が鳴りました。次の見学地「寧夏」からの電話だと云います。この広い砂漠のど真ん中でも電話がかかります。文明の利器が、歴史が停まったかのような砂漠の中に、時空を飛び越えて舞い込んできた、そんな錯覚に囚われました。
砂漠では時間の移り変わりは遅く感じられますが、広大な中国では異空間への移動は長く感じられます。ですから、ある空間を享受する時間は短いともいえます。
先を急ぐ事にして、本道にまで戻ります。ここで、「定辺」の人たちと別れ、「寧夏」へ急ぐことにしました。
ゴビの真っ直ぐな道を西へと急ぎます。いくつかの小さな街を抜けると、車窓の右に狼煙台や長城が見えてきました。喉が渇いてきたので、途中、ドリンクを買いました。瓶の中のジュースが凍っていて直ぐには飲めません。溶かしながら飲むのだそうです。
「宝塔」から北に折れて2時間ほど砂漠の中へと進み、車を止めました。陽が西に傾きはじめ、牧童は羊を追って牧舎に帰っていきます。
ここ寧夏の甘草もウラルカンゾウです。内モンゴルと同じように防砂のための採取制限がなされています。
柵を越えて、手のひらで大地に触れてみました。地中に根を張る甘草の精が伝わってくるようです。甘草はこの大地から恵みを受け、大地は大地としての存在を維持しています。人は自然からの恵みを、自然が許してくれる範囲で授かる、之が礼儀だと思われます。あまりに大きな自然の懐に飛び込むと、謙虚になった自分が見えます。地球の砂漠化を考えますと、これからの甘草は、間違いなく栽培化の方向へと向かっていくでしょう。
気が付けば、陽は地平に近づき、あかね色の空が砂漠まで下りてきて、近づく闇の前奏曲を奏でていました。
シルエットの長城
更に北へ一時間、かすかに残る西空の明かりと、東に登った月明かりを頼りに進みました。。長城を越えると、そのそばに公社があって、近辺の甘草を集荷し、修治加工を行っていました。
西に向かう長城は薄茜の中にその影を浮かび上がらせ東に延びる長城は満月の白い光の中にその姿を誇示しています。
銀川の宴
後は闇の中をひたすら「銀川」に向かって爆走しました。銀川「国際飯店」に到着したのは午後9時。「子州」「定辺」と較べものに鳴らない立派なホテルで、久々に湯舟に使って旅の垢と疲れを落とし、生き返ったのです。アコードの修理を終えて、Gさん達が到着しました。
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