【090-2/9話】甘草の故郷を訪ねて/ゴビ灘の砂漠へ・そして甘草
子州で黄蓍を見る/そして定辺へ(9月22日)
黄蓍加工厰 |
朝食後、黄蓍加工厰にて黄蓍の調製加工を見学しました。子州近辺で収穫された黄蓍が集められ、最終加工が施されます。大積みされた黄蓍の山の前で、作業者が一列に座って、はさみを使い、細根や枝根をカットし、太さを選別し、長さを揃える作業に精を出しています。
Kさんが自前のはさみでいくつかの黄蓍を切り、乾燥具合や品質の検品を始めました。表情が厳しいそう。
黄蓍は体力が消耗したときの補剤として、補中益気湯や防已黄蓍湯などの漢方処方に配剤されています。日本ではあまり注目されない生薬ですが、中国や韓国においては、朝鮮人参に匹敵するほど大切にされている生薬の一つです。
陜西省を初めとする華北地方から甘粛省には回教徒が多く、この加工厰にも白い回教帽を被って作業に従事する人たちが多く見受けられました。
洞穴住居を見る
加工厰から黄蓍の栽培地に向かいます。黄土の細い山道に車をくゆらせながら進むこと小一時間、かなりの高度を稼いで、中腹の民家の前庭に車が停まりました。
洞穴の住居を見せてもらえることになりました。入口を入ると細長い10畳ばかりのワンルーム、部屋の奥は3畳ほどの高床で、その下を竈の熱が這うオンドル式になっています。家族が増えると同じ作りの部屋を横に増設します。山を掘り、また上に山を掘り、人々は山に寄り添って生きています。
耕して天に至る
黄土高原の段々畑(耕して天に至る)
黄蓍の栽培場所には車が入れません。黄土の急斜面を歩いて登ることになりました。途中に鈴なりになった棗の実が見事で、一つもいで食べたところ、思ったより爽やかな味がしました。
急斜面には、ひまわり、粟、稗などが植栽されていますが、今年は雨不足のせいもあって、生育は思わしくないようです。自給自足の村人の食糧事情は好ましくないようで、「食べ物が少なく、今年の冬は寒い。」と語った老婆の言葉が耳に残ります。
「耕して天に至る」中国のことわざが目の前に展開します。何処までも重なり続く黄土高原の全ての嶺の頂まで畑として耕されています。樹木がほとんど見あたりません。急激に落ち込む谷の間際まで、耕せるところは全て耕した景観は壮観ですが、一方では殺伐とした荒涼感にとらわれました。近年、中国政府は山林の保護、育種を指導し、山の尾根や頂きに樹木の植栽を勧めています。丸裸にされた山容は少しずつ緑の景観を取り戻しつつあるとの事ですが、その回復には長い年月が懸かりそうに思えます。
黄蓍の栽培 |
黄蓍は急斜面に植えられていました。よくもこんなに不便なところにと思いましたが、当地の栽培は、土地を耕し、肥料を施し、水を撒くといった方法ではなく、ただ種を播くだけで、後は収穫時に来て掘り起こすだけと云うのであれば、斜面の横を崩せば収穫できるこの立地は最良の条件といえるのでしょう。しかし、この急斜面の登り降りは私たち日本人にはとうてい真似の出来ない過酷なものでした。
サネブトナツメと長城 車に戻る途中の崖っぷちにサネブトナツメの実がなっていました。「危ない気を付けて」と注意を受けながら、数枚のショットをカメラに収めました。サネブトナツメは矮生の樹で、その枝には鋭い棘があります。そのために長城の外域に植栽されたのかもしれません。 また、その実の仁は酸棗仁と呼ばれ、神経性不眠症に使用される漢方薬、酸棗仁湯の主薬であることで、僻地の守備に就いた衛士の緊張と悲哀の心情を和らげたのでしょう。 ゴビ灘が目前に 少し遅い昼食を摂って、「定辺」に向かいます。暫く黄土高原を走った道が、右に左にカーブし、横山山系を登ると、風景ががらりと変わりました。いくつかの峰に狼煙台が見えます。そして、眼下に広がる風景に息をのみました。あッ、ゴビ、ゴビ。何処までも何処までも、地平の果てまでゴビの砂漠が続いています。 ゴビは砂だけの砂漠ではありません。矮性の草木が所々に生え、土砂の塊が隆起しています。今回調査の甘草はこのゴビの植物です。興奮が増しています。そのゴビの真っただ中へ、長い坂道をまっすぐに下りました。ゴビはもう手の届くところにありました。給油をして一路「定辺」へ。 人の往来が激しくなってきました。「定辺賓館」に到着。本日の走行283キロ。夕食は賓館内の飯店で定辺県の行政関係者と会食です。白酒の接待が待ち受けていました。(続)
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