【090-1/9話】甘草の故郷を訪ねて/黄土高原を巡る

           

プロローグ

漢方薬、伝統薬に使われる薬は年々その需要を増してきていますが、その供給面に関しては、質量共に充分な確保が難しくなってきています。

 その中でも甘草は、特に多くの処方に配合され、その使用量も非常に多い生薬の一つです。また、醤油をはじめ多くの食品の甘味料として使用され、全体の使用量で見ると、医薬品より遙かに食品としての使用量が多いといえます。

 そして、甘草の故郷が中国の東北地方(かつての満州地域)から内蒙古、シルクロードの河西回廊、ウイグルへと広がるゴビ灘の砂漠にあって、防砂植物としての役割を考慮し、中国政府は甘草の採取の禁止、制限を行っています。従って、甘草の栽培が行なわれるようになり、市場の甘草に野種と栽培種が混在するようになってきました。

 このような状況下の中、実際に甘草の産地、栽培地をこの目で見る機会がありましたので、その折に触れた中国の風土、文化、文物の一端をご紹介しながら、甘草の故郷のお話を進めていきたいと思います。

 関空から西安へ(200X年9月20日) 

  旅立ち

 念願の甘草を訪ねる旅の初日にしては、穏やかな目覚めでした。

 8時、関空国際線出発ロビーに今回同行の面々が集まりました。漢方メーカーのC社長と生薬問屋のK部長と私です。上海経由で西安までのフライトです。上海までは約二時間半。中国との時差は1時間。時計の針を1時間遅らせて、11日間の中国の旅が始まりました。

 上海から西安へ

 上海から西安へは中華民航FM201便のファーストクラスに機上しました。中国国内便のエコノミーは不安とのK部長の配慮です。中華民航ではいつもの通りおみやげが出ました。男物のベルトでした。右前座席の中年のおばさんも同じ物で、添乗員に女物と交換するようひつこく交渉していましたが、相手にされず、渋々自分の鞄に放り込んでいました。

 西安市内へ

 西安市内では、今回の甘草調査の案内人でもある西安M薬業公司のO総経理とG経理の出迎えを受けました。迎えの車はホンダのアコードと日産のミニトラ。今回の私たちの足となります。

<三蔵法師で著名な大雁塔>
唐華賓館

 空港から高速を1時間、左右に随唐歴代の皇帝陵を見ながら走ると、道は右に折れ、黄河の最大支流「渭水」を渡り西安市街へ。そして、西安城の外壁に沿って走ると、大雁塔が目に飛び込んできました。西安の宿泊場所「唐華賓館」はその隣にありました。

  シシカバブーを食す

 夕食に出かける頃から、この季節には珍しい雷鳴と稲光が走る驟雨となりました。少し雨も小降りになったところで、回民族の串肉料理を食べに出かけました。シシカバブーでおなじみの串肉料理は、香辛料がかなり利いていて、一串頬張るごとにビールを飲まなければ、口内が火事になりそうです。これからはこの羊料理ときつい香辛料に悩まされそうです。

西安を後に黄土高原を北上する(9月21日)

  早朝の出発

 午前6時、夜の明けきらない朝冷えのホテルを出発。中国では、全土を北京時間に統一しているので、陜西省「西安」は実質約1時間の時差があります。西安城の南門を抜けて鐘楼を巡り、北門から同省「子州」への長いドライブの始まりです。

 気圧972ヘクトパスカル。夜来の低気圧前線の通過で外気は肌寒い。「銅川」まではすばらしい高速道路が続きます。Oさんが運転のアコードに日本からの3人が乗り込み、日産車には荷物を積んでGさんが続きます。


 9時、遅い朝食を摂ることになりました。道ばたで売っている餅(ピン)を買いました。一つが9角(日本円で8円)。マクドのハンバーガーをふたまわりも大きくした餅に、野菜や羊肉が挟んであります。空腹の胃袋には香辛料の利いた餅は極めて美味でありました。車には大量のミネラルウオーターが積んであって、乾燥した風土と、香辛料への対応で、絶えず喉を潤しながらの旅になりました。

 黄土高原へ

 黄土高原が始まりました。車が徐々に高度を稼ぐにつれて、霧が出てきました。道の両側にはリンゴ園が延々と広がっています。ここは中国でも有数のリンゴの産地、日本から移植した紅富士が栽培されています。チベット山系に源を発する黄河は、いくつもの支流を併せながら、この黄土高原を北に、東に、南へと向きを変え、黄色い大地を削りながら、細かい流砂を大河に呑み込み、黄色い濁流と化して、そして、東に向かって渤海に注ぐと、それが華北の肥沃な土壌を造ってきました。黄河にはそんな悠久さを感じます。

 9時30分。小休止。霧は少しずつ晴れてはきましたが、太陽にはガスが懸かったようで太陽を直接目にしても眩しくありません。                                         「西安には青空がない」とOさんが呟きました。路傍には木槿の花。蕎の白い花先がピンクに染まって美しい。

麺とリンゴ

 昼食はOさん推薦の「如意食堂」の麺料理。注文してから麺を打ちます。食事にありつくまで時間がかかりますが、ここは中国、慢慢来、慢慢来(ゆっくりと、ゆっくりと)。麺のできるのを待つ間に、どこからともなく大勢のリンゴ売りが荷車を引いて集まってきました。試食すると、少し酸味のある小ぶりのおいしいリンゴです。Gさんが一箱買ってこれが、旅の前半の喉の渇きを癒してくれました。

 やっと出来た麺は、名古屋のきしめんに似た平麺で、いろんな野菜や肉料理を乗せて食べます。それにのニンニクを囓りながら食べました。

  悪路 

 「延安」から「子長」まで、これまで順調だった道路が、一瞬にして悪路と化しました。未舗装の凸凹路面が、尻を跳ね上げ、尾てい骨を軋ませました。約1時間の走行が終わり、ほっと一息、安堵の胸をなで下ろしたのですが、これは悪夢の序曲に過ぎませんでした。

  洞穴住居と石油

  洞穴住居

  小高い丘が見え隠れします。その山肌に食い込むように家々が点在しています。洞穴住居だと云います。陝西省の中北部の黄土高原地帯は冬夏、昼夜の寒暖の差が激しく、洞穴住居は理に適っているのだそうです

 石油をくみ上げる釣瓶がゆっくりとピストン運動を繰り返しています。ひとつの井戸を掘削するのに200万元(3000万円)の費用がかかりますが、もし当たれば1日1500元以上の収益を産むと云います。

新商売

バザール点景


 清澗県「折家坪」に入ったところで、車が動かなくなりました。沿道にバザールが広がり、大勢の人の波が押し寄せています。細長いスイカ、紅富士リンゴ、棗が並び、野菜の種類も多そうです。羊肉がぶら下がり、その横をきた羊が群れています。ロバに曳かれた荷車に乗って買い物帰りの家族が行きます。

   そんな喧噪の中、突然ひとりの男が、私たちの車のボンネットに被さってきました。指を2本出して何か叫んでいます。Aさんは、仕方ないと言った表情で、ウィンドを下げて男を手招きしました。そして、2元紙幣を手渡しました。これは、最近の中国の新商売だそうです。貧富の差が大きくなってきた中国において、老人や身障者の生活が益々苦しくなっています。そんな人たちの一部が、通行税の代わりとして、車を持っている裕福な人から金銭をせびっているのだそうです。近隣の人たちは黙認しています。

子州泊

子州賓館

 「清澗」から今日の終着地「子州」を目指します。黄河の支流・無定河に沿って、すっかり暮れなずんだ山道を、十三夜の月明かりの中を走ります。そして、走行581キロの1日目の旅程を終えました。

 宿泊は「子州賓館」。石刻の獅子が両脇に鎮座する門をくぐります。ここは石の産地です。

 かつては、当地随一の接待所と推察される当館も、過去に捨て去られた佇まいになっています。そして、思った通り、煮えたぎった湯は出ても、水の出ないバスタブで途方に暮れる羽目になったのです。

 夕食会には、子州県の副県長初め大勢の幹部が出席され、行政局の接待を受ける事になりました。(続)


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