【072-3話】中国湖南省に南部黄柏を訪ねて/ついでに厚朴を見る
黄柏の村/烏鴉へ (6・10)
山奥深く
ぱらぱらと雨の落ちる出発でした。「竜山」を出ると直ぐに山道に入ります。小さな川に沿って坂道を行きます。水田の向こうには奇岩が続きます。K女史はカメラを構え、この風景を撮ろうするのですが、いつもシャッターチャンスを逃がしています。雨期に入り地盤が緩んでいるのでしょう、落石や崖崩れで、車は右左に障害物を避けるのが大変です。そこは張家界で一番の運転手、熊さんの運転は見事なものです。
山あいの地はどこも耕されていて、ジャガイモ、トウモロコシ、タバコが植えられています。山は次第に深くなります。
約20キロを2時間かけて、「烏鴉」に到着しました。最後の川を渡ったところで大石を敷き詰めた悪路となりました。車の底が擦れそうになったので、石を避けながら全員歩くことにしました。道端にはドクダミやカノコソウが出迎えてくれています。
南部黄柏とのご対面
「烏鴉」という地名が奇異に感じていました。「烏」も「鴉」も共にカラスです。ふたつ重ねる意味が分りません。Jさんの説明では「烏」は黒いという意味だそうです。従って、「烏鴉」は「黒いカラス」ということになります。白いカラスっているのでしょうか。
降る雨の中を「烏鴉」の黄柏加工廠の周氏が数本もの傘を持って出迎えてくださいました。軒下に黄柏が積まれています。若い人から年配者まで大勢の女性たちが座って、黄柏の鬼皮を剥いでいます。ところかまわずシャッターを押します。日本人が珍しいのか、みんなこちらを伺い見ています。
二階の事務所に案内されました。楕円形の素敵なテーブルがあります。
「請座。請座。」
勧められるままに座りましたが、このテーブルは私たちのために新しく購入されたとか。
「謝謝!」
一服した後、用意された長靴にはきかえて、黄柏の皮剥ぎを見にゆくことになりました。長靴はいつから履いていなかったのでしょう。わざと水たまりをばちゃばちゃ歩いた幼い時の記憶が甦ってきました。
首からカメラをぶら下げ、傘を差しながら、ぬかるむ畦道を通り、山に分け入りました。急な坂道が続きます。
細いながらも植栽されたオウバクの樹林が現れました。樹齢が5,6年の黄柏です。ここでは、1960年頃から細々と栽培を始めていましたが、1989年より本格的に「政府行為」による栽培が始まったそうです。
厚朴の皮剥ぎ
小一時間登って、一軒の農家に到着しました。ここで厚朴の皮剥ぎを見ることになりました。生薬の厚朴は樹皮を用い、健胃、鎮痙作用があります。
日本薬局方には12局まで、ホオノキMagnoria obobata 即ち日本の和厚朴のみが収載されていましたが、13局よりカラホオM.officinalis 又はヤハズホオノキM.officinalis var. biloba
の中国産の唐厚朴も収載されました。厚朴も黄柏と同様に樹皮を生薬としますが、その皮剥ぎは水分の多い梅雨時(雨季)に行うことも黄柏と同じです。
朴は下駄の歯にするほど硬い材質ですが、地元の人は、十二~十三年ほど経過した樹木を斧一本で一〇分足らずの間に切り倒してしまいました。この地の厚朴は葉の先が窪んだ特徴を持つヤハズホオノキ(中国名:凹葉厚朴)です。
地表からほぼ70㎝までの樹皮を最初に剥ぎ取ってから、木を切り倒し、そこから70㎝幅に樹皮を剥いでいきます。厚朴の有効成分のマグノール、ホーノキオールは根本の方が含量の高いことが報告されています。
黄柏の皮剥ぎ
そこから更に15分ほど登ったところで、待望の黄柏の皮剥ぎを見ることになりました。瓦葺き二階建の小屋が見えます。一階が住居兼納屋で、二階が乾燥場兼倉庫になっていて、山の生活の匂いが漂っています。
既に、一本の黄柏の皮剥ぎが始まっていました。黄柏も厚朴と同じような手順で皮剥ぎがなされます。既に剥がされた樹皮の厚みを測りますと5ミリありました。乾燥し、表皮の鬼皮を剥ぐと3ミリほどの生薬に仕上がります。一般に黄柏の等級は厚みで区分され、3ミリ以上、2ミリ以上、1ミリ以上、等外、統庄(区分しないもの)に分けられます。
黄柏の伐採の実際を見せていただくことになりました。小屋のそばにある樹齢12~13年の木をターゲットに選びます。樹木の葉形や実の付きかたは、まさしく P.chinenenseです。三日月型の鎌で地表部と地表から70センチの樹の周りに切れ目を入れ、次にその間に縦に切れ目を入れ、その切れ目から樹皮を剥がしていきます。きれいに簡単に樹皮が剥がれました。剥がされた面は水っぽくベタベタしています。その後、斧で伐倒し、1メートル幅に樹皮を剥いでゆきます。
日本では、この時、同時に鬼皮も剥ぐのですが、当地では鬼皮を剥ぎません。一度やっては見たのですが、かなり難しく、これが日本の黄柏 P.amurense との違いなのでしょうか。
小枝の細い部分は木槌で叩いて皮を剥がします。これらはベルベリン抽出用の原料として使用されます。
黄連を採取する
少し先に黄連があるといいます。黄連は黄柏と同じベルベリンを含む苦味薬です。中国の黄連が日本に輸出されるのは、ほとんど四川省、湖北省の川連・味連 Coptis chinensis です。ここ湖南省「烏鴉」は四川、湖北に近いところなので、おそらく川連・味連だと思われます。黄連は黄柏の栽培林下に植えられていましたが、雑草が生い茂り、十分に管理がなされているとは思われませんでした。最近、価格が下落し採算が取れなくなったとのことです。天産物の生薬は相場の変動に左右される薬物で、天候や災害に左右されます。
近くには、ウツボグサ(夏枯草)、スイガズラ(忍冬、金銀花)、ボケ(木瓜)、ユリ(百合)なども目に留まり、湖南省も生薬の宝庫だとの感を強くしました。
「烏鴉」の黄柏栽培事情
山を下ります。雨でぬかるんだ下りは足元がおぼつきません。濡れた斜めの岩に足を滑らせました。尻もちをついたのですが、カメラは落としませんでした。
黄柏の加工廠に戻りました。長靴を脱いで、濡れた衣服を乾かし、ホッとしたとき、食事が出ました。「竜鳳湯」が体を温め元気にさせてくれました。蛇と鶏のスープです。白髪三千丈のお国、スープの命名が面白いと思います。
当地の責任者から、黄柏の栽培と加工のあれこれについて尋ねました。
当地は4月下旬(二十四節句の合雨)から8月上旬にかけて雨が多くなり、特に6月がもっとも雨の多い季節です。この時期が黄柏の皮剥ぎの季節です。栽培地は高度600メートル以上が適地ですが、ここでは800~900メートルの場所で栽培を行っています。
栽培のため特別肥料は施しませんが、ただ、田圃の畦に植えたものは生育がよく、これは牛糞の影響かも知れません。
幹の周りが30センチを超えたものを伐採の対象にしています。黄柏は天気の良い日であれば、3日間で70パーセント以上が乾燥されます。雨の日が一週間続いても黴の心配はないそうです。
平らな生薬に仕上げるには、内側を外に輪にして暫らく乾燥します。鬼皮は乾燥後、鉋のようなもので削りとります。品質検査は厳しく、鬼皮はすべて取り去ります。
最後に、鬼皮取りの作業は一人でどのくらい生産できるのか、また、一日の賃金はいくらか問うてみましたが、これだけは、と言って、笑って答えてはもらえませんでした。
輸出規格は、厚さ3ミリ以上、2ミリ以上、1ミリ以上とし、あとは統庄として、国内用に回すそうです。
黄柏は等級毎に30キロ単位で梱包されます。その梱包作業を見学しました。梱包された黄柏は、「烏鴉」から杭州まで、2人の運転手が交代で昼夜停まらず丸2日かけて運びます。杭州で再度検品をし、20キロに梱包しなおして日本に船積みされます。これは、日本人には30キロの荷の運搬は無理との配慮からで、こんなところにも日本人の体力のひ弱さを思い知らされました。
一路「張家界」へ
「張家界」とは反対の方向に当たる「竜山」での宿泊を取りやめにして、遅くなるのを覚悟で一路「張家界」まで戻ることになりました。中国の夜の走行は、慣れない者には、至極恐ろしいことです。街灯がないところへ、中央ラインがない、路側帯がない、勿論、ガードレールはありません。街路樹に塗られた石灰の白さだけが頼りです。ヘッドライトに照らされは白い石灰樹が。右へ左へ方向を示してくれるのですが、一瞬、それがどちらサイドの並木か見違えることがあり、ドッキリします。
闇夜の山道を六時間半、ただひたすら「張家界」目指して走り続けました。
眼下に「張家界」の街の明かりが近づいてきて、やっと現実の世界に戻った気持になりました。その時、直前の「烏鴉」での出来事が、黄柏の黄肌の色を除いて、黒いカラスが闇に溶け込んでしまったような遠い記憶となっているのに唖然としたのです。(続)
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