【072-2話】中国湖南省に南部黄柏を訪ねて/ついでに厚朴を見る
張家界から竜山へ (6・9)
ホテル窓外の景
眼下に長江の支流澧水が右から左にゆっくりと流れています。少し黄色く濁った流れです。
漁をする小舟が流れに身を任せています。岸には父子でしょうか、河に竿をさして動きません。老女がひとり何を洗っているのでしょうか、さざ波が起こります。
目を転じますと、遠景は山水の世界です。そそり立った山容が柔らかく連なっています。
その山と河の間に山門を頂く寺院が見えます。透けるカーテンを引いたように朝霧が、この雄大な眺望を演出し、窓のそばを岩燕が横切りました。
突然、パチパチと破裂音が響き渡りました。爆竹かもしれません。
張家界市が滋賀県大津市と姉妹都市であることをここにきて初めて知りました。Jさんの友人である張家界市「龍泉賓館」総経理の羅勇氏は今回の宿泊などでたいへんお世話になった方ですが、ヴァイオリニストでもあり、大津市へは何度か演奏旅行で訪問されたことがあると聞きました。
午後、予定されていた森林公園の見学を取りやめにして、11時、朝昼兼用の食事に出かけました。街のあちらこちらにちぎれた紅い紙が散乱しています。先ほど聞いた爆竹の後なのでしょう。今日は吉日でしょうか、なんだか町中が華やいで見えます。結婚式の新郎新婦を乗せるベンツが花でいっぱいに飾られ、泰山木の並木が木陰をつくり、天秤を担いだ茘枝(レイシ)売りが行き交います。路地横で、ゴトゴト、仕立屋さんがミシンを踏んでいます。
「楓葉酒廊」の狭い入口を入り、階段を上り、細い通路をくねくね抜けた一番奥まった部屋に通されました。その奥にはカラオケルームがあって、料理が出来上がるまで楽しんでもらおうとの趣向のようです。
湖南省の料理は四川省に近いということもあって、総じて辛い味付けです。できるだけ辛味を抑えてもらうよう注文して戴きました。 さて、いくつかの料理が並べられ、さあスタートというとき、「ちょっと待って」とMさんから声がかかりました。すべての料理を写真に撮るとのことです。撮っては食べ、食べては摂る。本当に忙しい方です。多撮家の面目躍如といったところです。料理のメニュー、食材については、Mさんの写真とK女史のメモで別途まとめて記録することになりました、食は文化と言いますが、出てくる料理とその食べ方を見ていると、食に対する中国人の情熱にはほとほと感心させられます。このことからすると、中国はまさに世界の文化大国です。
山また山、そして山
張家界で一番の運転手?熊さんの運転で、竜山県「竜山」までの長いドライブが始まりました。車はトヨタのハイエース(もちろん左ハンドル)、助手席にJさん、次列の奥にMさん、手前に私、その後ろにYさん、最後部にK女史が腰を下ろします。
張家界の人と車でごった返した青空市場を抜けると直ぐに田園風景が飛び込んできました。日本の水田風景と重なっては見えますが、近くで草を食み、鋤を引く水牛を見ますとやはり別の世界です。
暫く、1828号線を走り、「后坪鎮」から1801号線に入り、山間走行となりました。簡易舗装がなされているとはいえ、ヘアピンカーブの上り下りの連続に体が右に左にと振られ、胃の様子がおかしくなりそうです。
いくつかの山系を越えて大きな街「永順」に着きました。ここから、209号線を北西にと進路を変え、「竜山」を目指すことになります。道はますます高度を増してゆきます。
日本では大きな山を越えると、それなりの集落がありますが、さすがに中国の山塊、スケールが違うようです。越えても越えても集落が見えません。それでいて、どんな場所にも人がいます。しかし、家屋が見当たりません。ここは、少数民族/土家族自治区です。土家族はその字のとおり、土に溶け込んだ民族なのかもしれません。
6時間を一気に走り、やっとのこと「竜山」に着きました。今日の宿泊地「竜山民族賓館」は竜山一の繁華街にありました。この地は昔、流刑地だったそうですが、今はそんな気配は微塵も感じられません。
賓館内の飯店で、明日訪問する「烏鴉」の黄柏集荷人の樊氏も交えて晩餐会が催されました。竜山名産の「白酒」は最も小さいのを一本だけ注文しました。今回の旅団にはあまり酒豪はおらず、ビールがコップ1杯あればよい人が多かっのです。
2日間の長旅の疲れを取ろうと、蛇料理を注文することになりました。できれば、この土地の生きた黒蛇を。しばらく待たされましたが、待望の黒蛇が届き、Jさんが腕に巻いて証拠の写真を撮りました。
ホテルは前室のある広いダブルの部屋で、湯水も出て、長旅の汗と埃が拭われて、安らいだ深い眠りにつけたのでした。(続)
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