【072-1話】中国湖南省に南部黄柏を訪ねて/ついでに厚朴を見る
少し昔の話にはなるのですが、黄柏の、特に中国の南部黄柏の栽培地と加工(修治)の現場を見る機会が与えられましたので、その調査旅行中にふれたその土地の風土、文物、文化やお会いした人たちの一端を思いつくままに綴って見ました。
関空から湖南省/張家界へ (20XX・6・8)
旅立ちの朝
ブラインドの隙間から朝の斜光が鈍く差し込んでいます。数日前に梅雨入りが報じられてから、鬱陶しく重苦しい空気が肌にじっとりと纏わり付いているようで、いやな気分が続いていたのですが、今朝の目覚めは爽やかなものでした。
南部黄柏を訪ねる旅の準備も怠りなく、いつも通り重いトランクをガラガラ引いて、空港バスの乗り場まで意気揚々と出かけました。しかし、バス乗り場に着いた頃から、雲行きが怪しくなり、高速道路を走り始めた頃には、雨が激しくガラス窓を叩き始めました。
関空の出発ロビーには今回同行のT社のMさんとK女史が既に来ておられました。Mさんは写真の多撮家?として有名な御仁で、植物の造詣の深い方です。K女史は、一昨年の浙江省杭州へもご同行頂いた通訳兼お世話係です。
今回の一行は全員禁煙家で、免税品店へたばこを買いに走ることもなく、降機後、一目散に喫煙場所まで駆け出すこともありませんでした。10時発、全日空NH55便「上海」行きの機上の人となりました。中国との時差は1時間、今回は時計の針を日本時間のままにしておきました。
瀬戸内海の上空を過ぎて、遅い朝(早い昼)の機内食を食べ終えてホッとした頃、機は上海浦東空港へと機首を下げました。
空港から市内の書店へ
浦東空港では、今回の中国側の案内役、ST有限公司のY氏の出迎えを受けました。空港で2万円を換金しました。1元=13円。(2024年現在 1元=21円)
午後4時45分発、湖南省「張家界」行きの中国東方航空5311便の出発には4時間ばかり待ち時間があります。荷物を手荷物預かり所に預けて、市街の書店に地図や医薬書を買いに出かけることにしました。上海の浦東空港は関空に似た近代的な空港ですが、市内まで1時間ばかりかかり、以前の虹橋空港に較べると中心街からは遠くなりました。
市内までは空港バスに乗りました。運賃19元。ベレー帽をかぶった車掌さんが勤務し、ちょっとおしゃれです。
沿道は花盛りの夾竹桃や泰山木、それにポプラや棕櫚の並木が続きます。4車線の高速道路が市内に向かい、とてつもなく高い浦東大橋を渡ると、バスは螺旋状にふた周り下り、市内の高速道路へ合流です。
バスを降りてタクシーに乗り換え、上海一の書店へと向かいます。南京東路の下ろされた書店に入りました。上海書店「図書城」はイヤに薄暗く目立った書籍が見あたりません。怪訝な顔で店員に聞いてみますと、そこはもう少し先との事、運転手が間違えたらしい。少し歩くと、ありました。「上海書城」。真新しい七階建てのビル全体が書店で、上楼へはエスカレーターが設置されています。それでも目指す欲しい医薬書は手に入らず、買ったのは「湖南省交通地図冊」1冊だけです。K女史も同じ地図を買われましたが、表紙の色が違います。もしかして、発行年度が違うのかもしれないと思い確かめてみましたが、発行日、版も全く同じです。どういうことなのでしょう。
飛ぶのか飛ばないのか
空港までの帰りはタクシーを利用、120元でした。3時30分頃空港に戻って、チェックインの手続きを済ませました。係りの話だと、少し出発時間が遅れるとのこと、いつものことなので別段気にもなりません。中国は慢慢的(ゆっくり)のお国です。
ラウンジで1缶35元(455円)の高い朝日舒波楽睥酒(アサヒスーパードライ)を飲んで待つこと1時間、何の案内もない不安もあって、出発ロビーへ移動しました。
隣に東京から来た日本人の団体さんが19名、中国がはじめてのお年寄りたちです。中国から茣蓙(ゴザ)を輸入販売している業界の集まりで、中国側の接待だそうです。張家界で3泊し、自然公園を探索するツアーとの話です。
どちらからと訊ねられたので、大阪からとお答えすると、正露丸の話になりました。今回の旅行でお持ちですかと聞いてみますと、自分は便秘症で、正露丸を飲むと便秘がきつくなるので服用しないといわれます。量を少なくして飲まれたらいいですよと、携帯用の正露丸を一つ進呈しました。3日後に張家界のホテルで再開したときに、何人かの人に、役に立ちましたとお礼を言われました。
時間は刻々と過ぎていきます。突然、アナウンスがあり、かなり遅れる見込みなので、ひと先ずホテルでご休憩をしていただくとの内容です。5時30分、激しい雨の中を小1時間ほど走って、「上海匯苑賓館」に到着、すぐに夕食となりました。
早く席に着いたのですが、なかなか料理が出てきません。10人席で人数がそろわないので出せないといいます。何人かを隣から引っ張ってきてやっと食事にありつきました。
食後、2人1部屋をあてがわれて休息することになりました。Mさんと同室で、少し込み入った話ができました。午後8時30分、メイドがベッドカバーを外しに来ました。今日はもう飛ばないのだと諦めて、横になりました。
9時、突然電話のベルが鳴りました。
「飛ぶことになった。早くし仕度してバスに乗れ。」
雨は小ぶりになっています。空港には10時に着き、再度手荷物のチェックを受けました。Yさんの荷物が引っ掛かりました。剪定鋏が問題だったようです。それから、待つこと1時間。またまた、何のアナウンスもないまま時間が過ぎていきます。何人かの中国人が騒ぎはじめました。係りの者に詰め寄ります。
「いつ飛ぶのか。」
「解らない。」
「飛行機は来ているのか。」
「分からない。」
とうとうみんなが怒り出しました。
「上司に状況を聞いて来い!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あまりの暖簾に腕押し状態にたまりかねて、10数名の中国人が別室に直談判に出て行きました。機体は到着しているが、只今整備中とのことです。
時計の針は12時を越え、日にちが変わりました。その時です。
「搭乗券を持って、搭乗口までいお越しください。」
みんなの顔にほっとした安堵感が漂います。
行列をして、係員の前まで来て驚きました。係員は搭乗券にチェックを入れ、飲み物を渡しているのです。ミネラルウオーターを一本もらって、すぐすごと元のベンチに戻ったのです。
五,六人の中国人が叫んでいます。
「いつなおるか分からない飛行機に怖くて乗れない。ホテルに泊めろ!」 交渉が成立したのか、荷物を持ってドカドカと去って行ったのです。
案内ボードに新しい日のフライトが点灯しはじめました。
ベンチをベッド代わりに横になる人が増えてきました。延々とトランプに興じていた四人組の中国人も静かになりました。
係員が黙々とカステラを配っています。
うつらうつらでどれほど時間が過ぎたのでしょうか。周りのざわめきで目を覚ましました。今回は間違いなく搭乗案内のようです。
時計を見ます。午前3時。いや、中国時間の午前2時。
乗り継ぎの搭乗時刻から10時間ばかりも待たされたのは今回が初めてです。お疲れさまと自らを慰め、搭乗機まで闇の中をバスで移動しました。タラップを上りながら、飛ぶんでしょうね、と独り言をつぶやいていました。
飛行機は無事離陸しましたが、クルーたちは何事もなく、普段通りのアナウンスをし、淡々と機内食を出し、誠にもって完璧な対応に恐れ入った次第です。
2時間の飛行。普段は飛んでいない時刻に見しらぬ飛行物体に紅衛軍がドンパチやらないかと無駄な心配をしていましたが、無事何とか「張家界」空港に着陸しました。
ほとんど明かりのない空港で荷物を受取って、非常口を出ますと、ST有限公司のJさんと運転手の熊氏(くまさん)が出迎えてくださっていました。私たちも大変でしたが、夜明けまで待ち続けられたご両人もさぞかし大変だっただろうと思います。
トヨタのハイエースに荷物を押しこみ、今夜の、いや今朝の宿泊地「張家界国際酒店」に着いたのが、4時30分。ベッドに潜り込んだのは5時を過ぎていて、こうして長い長い一日目が終わりました。(続)
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