【056話】万葉の歌と植物(額田王とムラサキ) 

ムラサキ

  日本人の心のふるさとである万葉集は、いろんな角度から鑑賞され、研究されています。特に、第一巻・第二巻は時の王朝、天智天皇と天武天皇の権力争いを物語る壮絶な歴史ドラマが語られています。

 天智7年(668年)5月5日、天智天皇が大海人皇子(のちの天武天皇)以下王侯諸臣を従えて近江の蒲野に薬狩を催した時に、額田王と大海人皇子の歌った歌があります。

 あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る 額田王  (万葉集巻一-二十)  
  紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも 大海人皇子(万葉集巻一-二十一)

「あかね色に染まった紫の生い茂る標野(しめの)(一般人の立入を禁じた禁猟区)で、ああ、あの人が袖を振っている、野守に見られるではありませんか。」、と歌う王の歌に答えて、「紫草のように美しさをふりまく妹よ、あなたが憎いわけなどありましょうか。憎くければ、人妻と知りながら、これほど恋い焦がれたりするものですか。」と大海人が歌います。
 かつては、共に愛し合い、十市皇女までもうけた間柄であっても、いまは、天智天皇に召された王の立場を考えれば、大海人のこの行動は、危険きわまりない事のように思えてなりません。そのことが、万葉集中の恋の秀歌として人口に膾炙されている要因かもしれません。

しかし、万葉集ではこの歌を相聞の部に入れず雑歌としています。すると、これは恋の贈答歌ではなく、宴席での戯れ歌と云うことになります。
 5月5日の薬狩りは、男は鹿の新しい角「袋角」を取り、女は薬草を摘むという、貴族
の行楽的要素の持った行事で、のちの菖蒲の節句の起源です。

 ムラサキ科ムラサキ属植物のムラサキは栽培困難なため、古来より貴重な色とされ、聖徳太子の冠位十二階も、最上位の大徳・小徳の冠は紫色と定めています。このようにムラサキは貴重な古代染料としてコウカ(紅花)、アイ(藍)と共に日本三大色素として使われる一方、ムラサキの根をシコン(紫根)といい生薬として使用されてきました。

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