【050話】中国・黒竜江省海林市を行く~五味子・西洋人参・熊胆・鹿茸ほか~
五行(木火土金水)での「水」は、方位は北、色は黒に相当します。従って、清朝を築いた満洲族の「満」「洲」「清」の字には、全て「さんずい」が使われています。黒竜江省の「黒」は北を表す色であり、「竜」は東を守る四神であることから「黒竜」は東北を指すことになります。そんなことを思い浮かべながら、30年ぶりに黒竜江省の地に降り立ちました。
関空から北京経由で黒竜江省の牡丹江空港に到着し、牡丹江市にある「海林市」に向かいました。ここが今回の訪問先になります。
まず、最初に訪れたのが、「五味子」の栽培地でした。五味子の主産地は遼寧省ですが、黒竜江省でも多くが栽培されています。今回、同行ご案内いただいた中医師の王先生の話によると、両省の五味子には、大きな違いがあるとのことです。王先生は黒竜江省の方が品質は良いといいます。
生薬の違いは、一目瞭然で、遼寧省のものは種子が二個で、黒竜江省のものには種子は一個しかありません(たまには二個あるものがあります)。黒竜江省は遼寧省の北にあり、年間の日照時間や気温の違いが生育に影響しているのかもしれません。興味深いところです。
生薬「五味子」は、マツブサ科のチョウセンゴミシ(朝鮮五味子)の赤くなった果実を乾燥したものです。「五味子」の由来は、甘味、酸味、辛味、苦味、鹹味(塩味)の五つの味を持つことから名づけられたものですが、実際、口にしてみますと、酸味が強く、わずかに甘味が感じられます。
鎮咳・去痰作用のほか、滋養強壮に用いられます。咳・喉の風邪薬として、「小青竜湯」、「清肺湯」に、滋養強壮として「人参養栄湯」などの漢方方剤に配合されています。
朝鮮では五味子のことを「オミジャ」と呼び「オミジャ茶」として愛飲されています。五味子の一掴みを、500ミリリットルのミネラルウォーターに入れ、ひと晩冷蔵庫で保存します。翌日、赤く染まった水に、蜂蜜やシロップを適量加えて、出来上がりです。これが「オミジャ茶」です。甘酸っぱい味が、夏の疲れを取ってくれます。
次に訪れたのが「西洋人参」の広大な畑です。「西洋人参」は「アメリカ人参」「広東人参」とも呼ばれ、朝鮮人参の仲間です。使いかたは、朝鮮人参と同じですが、作用が穏やかとのことです。 口にしますと、朝鮮人参特有の香りが広がり、少し苦い味があり、しばらくすると甘味が感じられます。
現在、日本において、この西洋人参は食約区分では、薬効を標榜しないかぎり食品としても使用できますので、新しいシーズとしての開発が望めそうです。
海林市の広い原野は一面の耕作地です。とうもろこし、じゃがいも、かぼちゃ畑が延々と続きます。たばこの栽培も見られます。
そんな風景の中に、茶筒位の大きさの白いものが並んだ風景に出くわします。木耳(キクラゲ)、銀耳(白キクラゲ)の栽培です。それと、山伏茸も栽培されています。山伏茸は中国では「猴頭茹」(ホウトウクウ)とよばれ、熊の手・ナマコ・フカヒレとともに四大山海珍味の一つとして知られており、昔から珍重され、宮廷料理に用いられてきた食材です。
今回の視察で、動物生薬の現場も見てまいりました。一つは「鹿茸」、あとひとつは「熊胆」です。
鹿は「梅花鹿」が飼育され、広い山野に放牧されていました。鹿の若い角は「鹿茸」といって、強壮強精薬として持ちいられます。そのほか鹿の角、腱、尻尾、肉などほとんどの部位が利用されます。
熊の胆のうから取る「熊胆」は消炎・鎮痛・鎮静作用があり、多くの胃腸薬などに配合されています。日本薬局方においては、ヒグマ(Ursus actos)又はその他近縁動物クマ科(Ursidae))の胆汁の乾燥物とされています。本州のツキノワグマも入ります。
また、ヒグマやツキノワグマなどの全てのクマ科はワシントン条約により規制されており、輸出国による輸出許可書がない限り国際取引は禁止されています。日本国内においては使用量に見合うだけ熊胆がなく、大きな課題となっています。
今回訪れた、熊の繁殖場は「黒宝」とよばれるところで、3000頭が飼育されています4年飼育で、熊胆、毛皮、肉などが取られています。輸出許可が取れれば、日本国内への輸入も可能になるのですが。
黒竜江省の野生の生薬として、黄耆、玉竹、霊芝、猪苓等も見てきました。極めて少なくなった北の黄柏(Phellodendron amurense)は森林保護区に多く見られました。ベルベリン含量の高い南の黄柏(P.chinense)の方が良いと言われますが、黄柏はベルベリンだけではなく他の多くの成分も考慮に入れた評価が大切です。製剤化においては黄柏中の粘性物質も大きく影響するとの経験もあります。森林保護のため伐採された黄柏が使えればこれも輸入の可能性があります。
広大な耕作地が広がっています。北の大地に適した生薬の契約栽培も可能です。かつて日本が満州に建設した道路、建物、ダムが今でも現存し、地元の生活の利便性を高めてくれます。30年前に訪れた黒竜江省と同じ風景が垣間見られます。馬やロバに曳かれた荷車が行き交います。ミゼットの三輪タクシーが客待ちをしています。どこまでも続く畦に黙々と鍬を入れる農夫がいます。泥だらけの裸足で駆け回る子供たちの笑顔は屈託がありません。
旅の一瞬通り過ぎたこの風景に、私たちの身近な風景を重ね合わせた時、近い将来二つの土地がつながるように思えてなりません。(了)
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