【006話】川端康成のこころ/山の辺の道
川端康成の歌碑
夜麻登波 大和は
久爾能麻本呂波 国のまほろば
多多那豆久 たたなずく
阿袁加岐 青かき
夜麻碁母禮流 山ごもれる
夜麻登志 大和し
宇流波斯 美し
大神神社から山辺の道を北へ向う早春時は桃の花の色と香りでいっぱいになります。ひのき林の中を道が進むと、突然展望の開けた桧原神社の前に出ます。うっすらと額ににじんだ汗をぬぐって路傍の石に腰をかけ一息入れるのにこれ以上の場所はありません。葛城・二上の山並みを遠景に、耳成、畝傍、香具山の大和三山が浮島のように配されて、古代そのものの美しさに浸れるところです。
それにしても良い腰かけ石があるものだと感心したのですが、よく見ると歌碑でした。そこに刻まれていたのが冒頭に掲げた歌で、倭建命が東国遠征の帰途、伊勢の国で、故郷の大和を偲んで歌った歌とされています。
碑の揮毫を見るとノーベル賞作家川端康成書とあって、失礼なことをしたと思いつつ、美しの大和の風に満足して家路につきました。後日、ある書でこの碑の由来を知りました。
康成は碑に彫る歌を選んだ時、自ら大和に足を運び、その地を選定したといいます。そして更に「子供たちが遠足に来て、歌碑に腰かけて弁当を食べてくれるような形のもの」をと、注文された由。しかし、康成は碑の歌を書くことなく他界してしまいました。そのため、生前の肉筆のペン字原稿からこの歌の文字を選び集めて、それを拡大し碑に刻んだといいます。
「美しい日本の私」の康成は、自然と人間の美しさを一つの碑に残してくれました。そして今も、碑は碑としてでなく路傍の石のように自然の中に温かく佇んでいます。
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